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第7章 見積りとベロシティ

本章では、プロダクト開発における永遠の課題である「いつできるのか?」「コストはいくらかかるのか?」という問いに対し、スクラムがどのようにアプローチしているのか(見積りとベロシティの概念)を解説します。

スクラムでは、「いつできるか」に答えるために、まず作ろうとしているものの「サイズ(規模)」を見積もる必要があります。

  • そのサイズの総量を、チームがスプリントで消化できる量(ベロシティ)で割ることで、おおよその期間やコストを算出します。
  • 例: 全体のサイズが200ポイントで、チームの平均ベロシティが20ポイント/スプリントであれば、およそ10スプリント(約10〜20週間)で完了すると予測できます。

見積もりは、バックログのレベルに応じてタイミングと詳細度が異なります。

  • ポートフォリオバックログの見積もり: まだプロダクトとして承認される前の段階で行う、大まかな見積もりです。
  • プロダクトバックログの見積もり: スプリントに投入する前に、PBI(プロダクトバックログアイテム)をグルーミングするタイミングで継続的に行われます。PBIのサイズが見積もり可能なほど小さくなければ、分割して再見積もりします。
  • タスクの見積もり: 最も細かいレベルの見積もりです。スプリントプランニングにおいて、チームがPBIを具体的な技術的タスクに分解した際に、理想時間(時間単位)で見積もります。

PBIのサイズを見積もる際、スクラムではいくつかの重要な原則に従います。

  • マネージャーや一部の専門家が単独で見積もるのではなく、実際に作業を行う開発チーム全員で見積もります。
  • プロダクトオーナーは質問に答えたり要件を明確にしたりするために参加しますが、見積もりの数値自体はチームが決定します。

見積もりはコミットメントではない

Section titled “見積もりはコミットメントではない”
  • 「これくらいでできそう」という見積もりと、「必ず終わらせる」というコミットメント(確約)は別物です。これらを混同すると、チームは保身のために見積もりを大きく水増しするようになり、健全な議論が失われます。
  • スクラムの見積もりでは、過度な「精度(細かさ)」よりも「正確性(だいたい合っていること)」を重視します。不確実な未来に対して、細かすぎる見積もりを出しても意味がなく、単なる時間のムダです。

相対サイズの見積もり(重要)

Section titled “相対サイズの見積もり(重要)”
  • 人間は絶対的なサイズ(これは何メートルか?)を見積もるのは苦手ですが、相対的なサイズ(AとBのどちらが大きいか?)を比較するのは非常に得意です。
  • そのため、PBIの見積もりには絶対値(時間や日数)ではなく、相対的なサイズ(あの機能と比べて2倍くらい大変そう、など)を用います。

相対サイズを見積もるための単位として、主に以下の2つがよく使われます。

  • PBIの大きさを測るための最も一般的な相対指標です。
  • 複雑性や物理的な規模など、作業の完了に必要なすべての要素を統合して1つの「ポイント」として表します。
  • 時間(工数)とは切り離された純粋な「規模」の指標です。
  • 「もし他の作業や割り込みが一切なく、その作業だけに専念できたらかかるであろう日数」を表す指標です。
  • 導入時は直感的に理解しやすい反面、人によってスキルの差があるため「誰にとっての理想日か?」がブレやすく、後々ストーリーポイントよりも扱いが難しくなる弱点があります。

プランニングポーカーは、メンバーの同意ベースで見積もりを行う効果的なテクニックです。チーム全体が参加して議論を深め、見積もりの精度を高めます。

  • 数値の尺度には、フィボナッチ数列を少し変形した 1, 2, 3, 5, 8, 13, 20, 40, 100 といったパターンがよく使われます。
  • 小さめのサイズは細かく刻まれていますが、大きくなるにつれて間隔が広がります。これは、PBIのサイズが大きくなるほど、見積もりの不確実性も増すという現実を反映しています。
  • 数値以外にも「∞(無限大)」「?(疑問符)」などのカードも含まれます。

やってみよう(ルールと手順)

Section titled “やってみよう(ルールと手順)”

プランニングポーカーは以下のステップで進行します。

  1. プロダクトオーナーがPBIをひとつ選び、内容をチームに説明する。
  2. 開発チームが質問し、要件の詳細を明確にする。
  3. 開発チームの各メンバーが、自分の見積もりを表すカードを裏向きで選ぶ。
  4. 全員が同時にカードを公開する。
  5. 全員の数字が一致すれば、それがそのPBIの見積もりとなる。
  6. 数字がばらけた場合、メンバー(特に最大と最小の数字を出した人)がその理由を説明し合い、見解の相違を解消したうえで、再度カードを選び直す。
  • 会話を通じてチーム全員がタスクへの理解を深めることができます。
  • 一斉にカードを出すことで、声の大きい人や権威のある人の意見に流される(アンカリング効果)のを防ぐことができます。

ベロシティとは、各スプリントで完成させた仕事量のことです。

  • スプリントの最後に、「完成の定義」を完全に満たしたPBIのサイズ(ストーリーポイントなど)の合計値として算出されます。未完成のアイテムは一切カウントされません。

ベロシティは単一の絶対的な数字ではなく、幅を持って表現するのが現実的です。

  • 例:「このチームは通常、スプリントあたり25ポイントから30ポイントを完成させる」といった表現になります。
  • 直近の数スプリント(例:過去3スプリント)の平均から算出するのが一般的です。

新しいチームや新しいプロダクトなど、過去の実績がない場合は、最初のスプリントのベロシティを予想する必要があります。

  • 予想値は、スプリントが進行して実際の実績データが得られ次第、すばやく調整(キャリブレーション)していくべきです。

ベロシティは様々な要因で変動します。

  • チームの変化: メンバーの入れ替わりや、新しいツールの導入、トレーニングなどはベロシティに影響を与えます。
  • 持続不可能なペース: 納期に間に合わせるために残業を増やすと、一時的にベロシティは上がるかもしれませんが、品質の低下(技術的負債の蓄積)や疲労を招き、長期的には必ずベロシティが低下します。

ベロシティは計画のための強力なツールですが、使い方を誤るとチームを破壊します。

  • パフォーマンスの指標にしてはならない: ベロシティをチームの評価基準にしてはいけません。
  • チーム間の比較に使ってはいけない: 見積もりの基準(1ポイントの重み)はチームごとに異なります。チームAの50ポイントとチームBの20ポイントを比較して「チームAのほうが優秀だ」と判断するのは全くの無意味です。
  • ポイントのインフレ: ベロシティを評価に使ったり、経営陣が無理な数字を要求したりすると、チームは「手抜きをして完成とする」か「見積もりの数字を水増しする(インフレさせる)」ようになります。結果として、予測ツールとしてのベロシティの価値は完全に失われます。

本章では、相対的なサイズ見積もりとベロシティに基づいた、健全な計画と予測の手法について学びました。次章では、持続可能なベロシティを阻害する最大の要因である「技術的負債」について詳しく掘り下げます。