第7章 見積りとベロシティ
本章では、プロダクト開発における永遠の課題である「いつできるのか?」「コストはいくらかかるのか?」という問いに対し、スクラムがどのようにアプローチしているのか(見積りとベロシティの概念)を解説します。
7.1 概要
Section titled “7.1 概要”スクラムでは、「いつできるか」に答えるために、まず作ろうとしているものの「サイズ(規模)」を見積もる必要があります。
- そのサイズの総量を、チームがスプリントで消化できる量(ベロシティ)で割ることで、おおよその期間やコストを算出します。
- 例: 全体のサイズが200ポイントで、チームの平均ベロシティが20ポイント/スプリントであれば、およそ10スプリント(約10〜20週間)で完了すると予測できます。
7.2 いつ何を見積もるのか
Section titled “7.2 いつ何を見積もるのか”見積もりは、バックログのレベルに応じてタイミングと詳細度が異なります。
- ポートフォリオバックログの見積もり: まだプロダクトとして承認される前の段階で行う、大まかな見積もりです。
- プロダクトバックログの見積もり: スプリントに投入する前に、PBI(プロダクトバックログアイテム)をグルーミングするタイミングで継続的に行われます。PBIのサイズが見積もり可能なほど小さくなければ、分割して再見積もりします。
- タスクの見積もり: 最も細かいレベルの見積もりです。スプリントプランニングにおいて、チームがPBIを具体的な技術的タスクに分解した際に、理想時間(時間単位)で見積もります。
7.3 PBIの見積もりの考え方
Section titled “7.3 PBIの見積もりの考え方”PBIのサイズを見積もる際、スクラムではいくつかの重要な原則に従います。
チームで見積もる
Section titled “チームで見積もる”- マネージャーや一部の専門家が単独で見積もるのではなく、実際に作業を行う開発チーム全員で見積もります。
- プロダクトオーナーは質問に答えたり要件を明確にしたりするために参加しますが、見積もりの数値自体はチームが決定します。
見積もりはコミットメントではない
Section titled “見積もりはコミットメントではない”- 「これくらいでできそう」という見積もりと、「必ず終わらせる」というコミットメント(確約)は別物です。これらを混同すると、チームは保身のために見積もりを大きく水増しするようになり、健全な議論が失われます。
正確性か精度か
Section titled “正確性か精度か”- スクラムの見積もりでは、過度な「精度(細かさ)」よりも「正確性(だいたい合っていること)」を重視します。不確実な未来に対して、細かすぎる見積もりを出しても意味がなく、単なる時間のムダです。
相対サイズの見積もり(重要)
Section titled “相対サイズの見積もり(重要)”- 人間は絶対的なサイズ(これは何メートルか?)を見積もるのは苦手ですが、相対的なサイズ(AとBのどちらが大きいか?)を比較するのは非常に得意です。
- そのため、PBIの見積もりには絶対値(時間や日数)ではなく、相対的なサイズ(あの機能と比べて2倍くらい大変そう、など)を用います。
7.4 PBIの見積もりの単位
Section titled “7.4 PBIの見積もりの単位”相対サイズを見積もるための単位として、主に以下の2つがよく使われます。
ストーリーポイント
Section titled “ストーリーポイント”- PBIの大きさを測るための最も一般的な相対指標です。
- 複雑性や物理的な規模など、作業の完了に必要なすべての要素を統合して1つの「ポイント」として表します。
- 時間(工数)とは切り離された純粋な「規模」の指標です。
- 「もし他の作業や割り込みが一切なく、その作業だけに専念できたらかかるであろう日数」を表す指標です。
- 導入時は直感的に理解しやすい反面、人によってスキルの差があるため「誰にとっての理想日か?」がブレやすく、後々ストーリーポイントよりも扱いが難しくなる弱点があります。
7.5 プランニングポーカー
Section titled “7.5 プランニングポーカー”プランニングポーカーは、メンバーの同意ベースで見積もりを行う効果的なテクニックです。チーム全体が参加して議論を深め、見積もりの精度を高めます。
見積もりの尺度
Section titled “見積もりの尺度”- 数値の尺度には、フィボナッチ数列を少し変形した
1, 2, 3, 5, 8, 13, 20, 40, 100といったパターンがよく使われます。 - 小さめのサイズは細かく刻まれていますが、大きくなるにつれて間隔が広がります。これは、PBIのサイズが大きくなるほど、見積もりの不確実性も増すという現実を反映しています。
- 数値以外にも「∞(無限大)」「?(疑問符)」などのカードも含まれます。
やってみよう(ルールと手順)
Section titled “やってみよう(ルールと手順)”プランニングポーカーは以下のステップで進行します。
- プロダクトオーナーがPBIをひとつ選び、内容をチームに説明する。
- 開発チームが質問し、要件の詳細を明確にする。
- 開発チームの各メンバーが、自分の見積もりを表すカードを裏向きで選ぶ。
- 全員が同時にカードを公開する。
- 全員の数字が一致すれば、それがそのPBIの見積もりとなる。
- 数字がばらけた場合、メンバー(特に最大と最小の数字を出した人)がその理由を説明し合い、見解の相違を解消したうえで、再度カードを選び直す。
- 会話を通じてチーム全員がタスクへの理解を深めることができます。
- 一斉にカードを出すことで、声の大きい人や権威のある人の意見に流される(アンカリング効果)のを防ぐことができます。
7.6 ベロシティとは
Section titled “7.6 ベロシティとは”ベロシティとは、各スプリントで完成させた仕事量のことです。
- スプリントの最後に、「完成の定義」を完全に満たしたPBIのサイズ(ストーリーポイントなど)の合計値として算出されます。未完成のアイテムは一切カウントされません。
7.7 ベロシティの幅の算出
Section titled “7.7 ベロシティの幅の算出”ベロシティは単一の絶対的な数字ではなく、幅を持って表現するのが現実的です。
- 例:「このチームは通常、スプリントあたり25ポイントから30ポイントを完成させる」といった表現になります。
- 直近の数スプリント(例:過去3スプリント)の平均から算出するのが一般的です。
7.8 ベロシティの予想
Section titled “7.8 ベロシティの予想”新しいチームや新しいプロダクトなど、過去の実績がない場合は、最初のスプリントのベロシティを予想する必要があります。
- 予想値は、スプリントが進行して実際の実績データが得られ次第、すばやく調整(キャリブレーション)していくべきです。
7.9 ベロシティへの影響
Section titled “7.9 ベロシティへの影響”ベロシティは様々な要因で変動します。
- チームの変化: メンバーの入れ替わりや、新しいツールの導入、トレーニングなどはベロシティに影響を与えます。
- 持続不可能なペース: 納期に間に合わせるために残業を増やすと、一時的にベロシティは上がるかもしれませんが、品質の低下(技術的負債の蓄積)や疲労を招き、長期的には必ずベロシティが低下します。
7.10 ベロシティの誤用(重要)
Section titled “7.10 ベロシティの誤用(重要)”ベロシティは計画のための強力なツールですが、使い方を誤るとチームを破壊します。
- パフォーマンスの指標にしてはならない: ベロシティをチームの評価基準にしてはいけません。
- チーム間の比較に使ってはいけない: 見積もりの基準(1ポイントの重み)はチームごとに異なります。チームAの50ポイントとチームBの20ポイントを比較して「チームAのほうが優秀だ」と判断するのは全くの無意味です。
- ポイントのインフレ: ベロシティを評価に使ったり、経営陣が無理な数字を要求したりすると、チームは「手抜きをして完成とする」か「見積もりの数字を水増しする(インフレさせる)」ようになります。結果として、予測ツールとしてのベロシティの価値は完全に失われます。
7.11 終わりに
Section titled “7.11 終わりに”本章では、相対的なサイズ見積もりとベロシティに基づいた、健全な計画と予測の手法について学びました。次章では、持続可能なベロシティを阻害する最大の要因である「技術的負債」について詳しく掘り下げます。